第4章 わたくしの結婚生活1/2

わたくしが Mr. Dominis(ドミニス氏)と婚約していた期間はおよそ2年でございました。
結婚式は1862年9月2日に挙げる予定でございましたが、宮廷は深い喪に包まれておりましたため、国王 Kamehameha 4(カメハメハ4世)のご意向により、式は同月16日に延期されました。
式を執り行われたのは Rev. Dr. Damon(デイモン師)で、現在の島で著名な銀行家である S. M. Damon(デイモン氏)の父君にあたる方でございます。
結婚式は Mr. and Mrs. Bishop(ビショップ夫妻)の邸宅で行われました。
この邸宅はわたくしの父 Paki(パキ)が建てた家で、現在は Arlington Hotel(アーリントン・ホテル)として知られ、Honolulu(ホノルル)で最も美しく便利な屋敷のひとつでございます。
その場には高位の首長たち、外国からの居住者、そして町の良家の人々が多数参列いたしました。
結婚後、夫はすぐにわたくしを Washington Place(ワシントン・プレイス)へ案内いたしました。
この家は夫の父が建てたもので、現在もわたくしの私邸でございます。
四方に柱と広いポーチを備えた大きな白い邸宅で、実に壮麗で心地よく、その佇まいどおりの南国の静かな安らぎに満ちております。
通りからは十分に離れており、塵や騒音を避けられ、木々が昼の暑さを和らげ、庭には美しい花々や樹木が豊かに育っております。
屋敷の正面には Central Union Church(セントラル・ユニオン教会)が建てられており、宣教師の家族やアメリカ出身の外国人が多く参拝しておりました。
夫の父 Captain Dominis(キャプテン・ドミニス)は、この家を建てたにもかかわらず、ほとんど住むことができませんでした。
彼が最後に港を出帆したのは1846年、家の完成間近の頃でございましたが、その後、指揮していた船は消息を絶ちました。
夫人は長く彼の帰りを待ち望み、祈り続けられましたが、ついに知らせは届かず、深い悲しみのうちに現実を受け入れられたのでございます。
そのため未亡人となった Mrs. Dominis(ドミニス夫人)は、息子へ深く執着され、息子もまた母を大切にし尽くしました。
夫は実質的に一人息子であり、幼い頃に2人の姉を亡くしておりました。
母は Boston(ボストン)の出身でございます。
当然ながら、息子を誰にも奪われたくないという母の思いは強く、わたくしは結婚当初から「よそ者」と見なされ、その扱いを否応なく理解せざるを得ませんでした。
夫はわたくしに非常に優しく思いやり深くございましたが、母の心を傷つけるようなことは一切しませんでした。
わたくしもまた、夫の母への深い情を尊重し、できる限り寄り添うよう努めました。
時が経つにつれ、Mrs. Dominis(ドミニス夫人)もわたくしの献身を理解してくださり、晩年には次第に優しく、愛情深い母として接してくださるようになりました。
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